

答案を出せば、かならず自分専用の質問時間が確保されている。疑問点をその場で解決できる。まず、このことが大きかった。55段階のテキストは他の参考書みたいに分厚くないので、面倒くさがりやの僕にも取り組みやすかったですね。―級合格するたびにちょっとずつ進んでいる実感があったし、ハンコがたまっていくのが楽しいからゲーム感覚で取り組めた。勉強なのに、勉強じゃないみたいな感じで、単純にやる気が出ました」しだいに勉強のペースがつかめるようになった。2日に1度は自習室に通うようになり、ときには夜の9時まで勉強した。そして積極的に55段階に取り組むうちに、クラス授業のレベルもアップした。町田くんは、中学時代の「オール5たった自分」を思い出した。「オレ、やっぱりできる……」町田くんは、第1回目の面談で担任とともに決めた55段階の目標をほぼクリアした。そして慶大に合格した後、四谷学院の後輩たちに向けて、こんな言葉を残している。「受験生に何より必要なものは自信です。自信がないとすべてを投げてしまうけれど、自信があればすべてが前向きになります。慶大に合格した今、僕はめちゃめちゃうれしい。オレ、やっぱりできた『これから慶大生です』と言えることが、ほんとうにうれしいです」「継続は力なり」という格言がある。受験も短距離レースではないから、何より力となるのは継続である。しかし多くの人間にとっては、継続もまたむずかしい問題だ。まず、楽しくなければ続けることができない。
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実際にそうした指導を行ってみると、ブランクのあった生徒でも、また科目ごとの学力差が大きかった生徒でも、ぐんぐん伸びていく。東京都立高校出身の菊池晴隆くんは3歳から11歳までアメリカで暮らし、その後も短期留学に参加したりした経験から、国際関係の学部に興味をもっていた。とくにあこがれていたのは早稲田大学の国際教養学部である。高校3年の5月に、それまで週6日活動していたサッカー部をやめて四谷学院に入学したのも、「このままでは早稲田に受からない」と考えたためだった。たしかにその時点では、早大合格はかなりむずかしい状況だった。アメリカ暮らしが長かっただけあって、英語の学力は群を抜いていた。しかし、古文や日本史は平均以下だった。四谷学院町田校で担任となった児玉先生は、最初の面談で菊池くんが口にした言葉をよく覚えている。「日本史がいちばん苦手。暗記が嫌いだから、できれば勉強したくない」古文も高校の定期試験直前に少し復習する程度で、動詞の変格活用などまったくわかっていなかった。四谷学院入学時の学力判定テストの結果、古文と日本史は基礎クラスと決まった。しかし、大好きなサッカーをやめてまで受験勉強に専念したいという姿勢に、児玉先生は菊池くんの強い意思を感じていた。「弱点を集中的に補強できそうだから四谷学院を選んだ」という言葉にも、やる気がうかがえた。児玉先生は、受験までの具体的なスケジサIルを提示しながら、こんな言葉をかけて励ました。「英語に自信があるのはすごくいいことだよね。だからこそ55段階で文法知識の細かいところまで再確認して、より強力な得点源にしよう。そのうえで古文と日本史の対策をして得意にしちゃえば最強だよね」早稲田受験のモチベーションをさらに高めるために、積極的に早大のパンフレットをチェックしたり、オープンーキヤンパスに参加したりすることも勧めた。7月の早稲田大学オープンーキャンパスに参加したときは、よほど感激したのだろう。菊池くんはその足で町田校に寄って、興奮気味に「ほんとよかったIオレ、絶対、早稲田に行くI」と語った。8月に入ると、古文のクラス授業が一般クラスに上がった。古文に対する苦手意識は確実に払拭されつつあった。大嫌いな日本史の勉強にも力を入れていた。しかし、模試の早大合格判定はあいかわらずDだった。英語の偏差値は73とずば抜けているのだが、国語が52、日本史が41のため、総合では55。やはりI科目が突出しているだけで早稲田大学に合格するのはむずかしい。「英語で得点できるから古文や日本史がダメでも何とかなるだろう」と考えていた菊池くんも、さすがに「ヤバい」と思い始めて焦った。児玉先生は、そうした焦りがいい方向に作用するのではないかと期待した。秋以降、菊池くんの勉強に取り組む姿勢は大きく変わった。「家では勉強できないからダメだ」と言って、それまで週4日だった時間割を自ら週6日に変更。放課後は毎日、四谷学院に通うようになった。そして10月の模試では、英語の偏差値が78、国語が54、日本史が47で、総合偏差値60。早大の合格判定もCに上昇したのである。最終的に志望校を決定したのは一月末だった。当然、第一志望は早稲田大学の国際教養学部である。児玉先生が「がんばろうね」と声をかけると、菊池くんは「余裕だよ」と答えた。しかし本心では最後まで不安があったのだろう。合否を知るための電話をかけたときは、「残念ですが……」の「ざ」が最初に聞こえてくることを覚悟していたという。「おめでとうございます」の「お」が聞こえた瞬間は信じられず、「焦って2回かけ直しました」菊池くんはすぐ町田校に報告に行った。そして、わざと落ち込んだ顔で児玉先生に会った。児玉先生は「だめだったのか」と思い、なんとか励まそうとした。すると次の瞬間、菊池くんが笑顔で言った。「早稲田、受かったよ」児玉先生は、入試直前に菊池くんが真剣な表情で早稲田大学の赤本に取り組んでいた姿や、毎日のように受付に寄って雑談しながらストレスを解消しようとしていた姿などを思い出し、「あまりに嬉しくて」泣きだしてしまった。「おめでとう。がんばった甲斐があったね」菊池くんは照れたような顔で、「まあね」と答えた。その菊池くんが、四谷学院で過ごした10か月間を振り返って言う。「四谷学院は自由だった」菊池くんの場合、得意な英語はどんどん進められたけれど、苦手な古文は中学レベルからじっくり取り組めた。嫌いな日本史は友達と競いながら進めた。科目ごとに、自分にぴったりの学習ができたのである。「受験で大事なのは、いつまでに何をすればいいのかを理解し、効率的な勉強をすることです。四谷学院は自由ではあっても、志望校に合わせた目標をはっきり示してもらえるので安心でした」